関東大会第一回戦で負傷したことは部の皆や家族に
多大な心配をかけたけど、この人にまで多大な心配をかけてしまった。


 Your Number 1 Fan


関東大会一回戦っていったら全国大会勝ち抜いてる最中の今となっては
随分前の話だよね。
でもまぁそんなことはおいといて俺の話を聞いてくれたら嬉しいと思う。


その時俺は試合を終えて家に帰っているところだった。
氷帝の樺地君と試合した時にすりむいた(どころじゃないかも)
手のひらがズキズキする。
随分ひどくやられちゃったもんだ、我ながら情けないと思う。
只でさえ、3年になってからやっとこさレギュラーになった
身の上だからみんなの荷物になりたくないって一心だったのに
結局チームに何の貢献も出来てない。

俺は一体何やってんだろう。

とは思ったけど、考えたら沈むところまで沈みきっちゃいそうだし
疲れてもいることだしとにかく家に入ろうとしたその時だった。

「タ〜カ〜さぁ〜ん。」

背後から不気味な声に呼び止められて俺はギクリとする。
自分を呼ぶ声が不気味だったからじゃない。
その声に思い切り心当たりがあったからだ。
ヤな予感がしながら俺はそぉっと後ろを振り返る。すると、

「あ、さん。」

予感的中。

「あっ、じゃなーいっ!」

いきなり声の主が叫んで俺に飛びついてきた。
しかもそのまま俺の首にぶら下がる。

「アンタッ、あれほど言ったのにまた怪我したのねっ!」
「ちょっ、ちょっとさんっ!」
「一体どーゆーつもりなのよ、地区予選の時も手首やられて帰ってきたし!」
「やめてってば、首絞まっちゃうって。」
「うるさーい、問答無用っ。」
さんってば!」

俺はいっぺん大きく叫んでからポツリと付け足した。

「ぶらさがるのはいいけどさ、足浮いちゃってない?」

言った途端、一瞬沈黙が流れた。ぶらさがってた相手は
指摘されてることに気がついてすぐ離れてくれたけど膨れっ面で
ひどくおかんむりだ。

「フンだ、どうせ私はチビよ。」
「そういうつもりじゃなかったんだけど。」

俺は困ってしまってふぅと息をつく。
いきなり人に飛びついてくるこの強烈な人はさん。
うちの近所に住んでる知り合いで、子供の頃から付き合いがある。
なりは俺より随分小さくて中学生っぽいけどこう見えても俺より
2つ年上の高校3年生だ。

正確はまぁ基本的に荒っぽい人かな。いや荒っぽいっていうより
ハキハキしてるって言った方がいいかな。
弱腰の俺と違っていつも自分の思ったとおりにさっさと行動するし、
大抵のことに白黒はっきりケリをつけたがるし。
俺なんか子供の頃からしょっちゅう『はっきりしなさいよ!』って
言われっぱなしだもんなぁ。勿論、いい人なんだけどね。

「ところでさ、さん、一体どうしたの。学校は?」
「馬鹿、とっくに終わったわよ。今日はアンタが確か試合だって
聞いたからどうなったのか聞きに来たんだけど…」

言いながらさんの目は包帯グルグルの俺の手に注がれる。参ったなぁ。

「どうやらまた棄権か無効試合になった模様ね。」
「アハハ、無効試合でした。」

俺は苦笑するしかない。
さんはしょうがないわね、とため息をついた。

「とりあえず青学自体は勝ったの?」
「あっ、うん。関東の一回戦は突破したよ。」
「で、アンタは無効試合、と。」
「うっ、それを言わないでよ。ヤダな、もう。」
「私ゃ結果云々を言いたいんじゃないのよ。」
「わかってるよ。」

俺は思わず顔をほころばせる。

「心配してくれてるんでしょ?」

さんはフンという顔をしたけど、まーね、と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

さんは大抵の場合こうだった。
きついこと言うけど、その実結構心配してたり面倒見てたり人のことを
気遣ってたりする。
多分今日だって俺が怪我しちゃったんじゃないと思いながら来たに違いないんだ。
だけど、

「大体アンタ怪我しすぎなのよ、昔は空手で怪我してたし、地区予選の時だって
手首やられて帰ってくるし、その上…」

あーあ、始まっちゃった、コレが。
言い返す言葉がないのはしょうがないけど、話題を変えないと
またおバアさんみたいな説教されちゃうよ。

「ところで、さんはどうなの?今文化祭の作品作ってんでしょ?」

俺はとりあえず当たり障りのない話題を振ったつもり…だったんだけど、
さんの表情が一挙にこわばって雰囲気が暗くなっていく。

「フッ、文化祭ねぇ…」

何だか口調も怖いし、もしや話題がまずかったとか?

「きーてよっ、タカさん、もう散々なのっ!」
「おわっと!」

いきなり叫ぶさんに俺は思わず一歩退き、さんは
それに構わず言葉を続ける。

「うちの後輩共ったらひどいのよ、言うこと聞かないし文句ばっか言うし、
おかげで作品が全然進みゃしない!」
さん、美術部の部長さんだもんね。上に立つ人ってやっぱ楽じゃないよなぁ、
うちの手塚も苦労してるし。」
「アンタんとこはまた別格じゃないの?一緒にしないで。」
「そんなー。」

俺は一応同情してんだけど、さんのコメントはどこまでも容赦ない。
にしてもひどいなぁ、うちのテニス部って傍から見たらそんなに野放図なのかな。

「まー冗談はおいといて、」

大分本気入ってるように聞こえたんだけど。

「確かに部長なんて割に合わないわよ。」
「でも引き受けたんでしょ?」
「私以外になり手がいなかったのよ。」

うーん、そういえばさんトコの美術部、ほとんど人数いないんだったっけ。
自分が人数多い部活に入ってるからそういうのってピンと来ないけど、
やっぱ大変だよな。

「なーんて、言ってる場合じゃなかったわ。」

言いたいことを言えるだけ言ってからさんはうーん、と伸びをした。

「アンタの顔もみたことだし、ウチ帰って絵ぇ描かないと。」
「うん、またね。」

さんはさっさと立ち去り、俺は今度こそ家の戸を開けようとする。けど、

「あ、そーだ。」

ふと思ったことがあって俺はその手を止めた。

さん、後で絵見に行ってもいい?」
「好きにして。」
「じゃあ配達終わったら行くから。」
「怪我人は配達休みなさいっ!」


帰ってから着替えもそこそこに俺は文字どおりさんの家に直行した。
家を出る時、親父に『またちゃんのトコか。』って言われたけど
いつものことだからそれ以上特に咎められることもない。
大体、親父はハキハキしてるさんのこと気に入ってるしね。

それはともかくとしていつの頃からか、さんが何か大きな作品を
作り始めるとそれを見に行くのが俺の習慣になっていた。
さんの絵を見に行くのは俺にとっていつもちょっとした楽しみだ。

だっていつも素敵なものを描いているから。

「うわー、凄いなぁ。」

大きなスケッチブックの描きかけの絵を手にとって俺は感嘆の声を上げた。
描かれていたのは季節はずれだけど桜の絵、さんの
デッサン力のおかげでなかなかリアルな木なんだけど
それだけじゃなくて淡い桃色がとても綺麗でどこかはかない感じもする。

「こんなのどーやって描くの、信じられない。」
「そんなのでよくそこまで感心してくれるわねー。」

さんは俺の感心ぶりに何だか意外そうな顔をする。

「大して時間かけてないのよ?」

この人はいつもこうなんだけど、俺は間違いなく謙遜しすぎだと思う。
だって本当にさんの絵はいいんだ。
何か力みたいなのがあってすぐに目がいったかと思ったらいつの間にやら
絵の中に引き込まれちゃってる。
そりゃさんにしてみれば『それくらい描ける奴はごまんといる』って
話なんだろうけど、絵なんて描けない俺にとってはそりゃもう神の域
(ちょっと大袈裟だけど)な訳で。
そもそもそんなのを本当に短い時間で描いたんならそれって凄いことじゃない?
少なくとも俺はそう思ってるんだけどな。

そんなことを考えながら俺はスケッチブックをめくる。
次出てきたのはさっきとは対照的に鮮やかな黄色を背景に
色とりどりの幾何学図形が飛び交ってる随分はっきりしたタッチの絵だ。
所謂ポップアートって感じ。

「あ、こっちのもいいね。これさっきと色全然違うけど何で塗ってるの?」
「ポスターカラーよ。ほら、これ。」
「描くのにも色々あるんだね。」

俺が感心している間、さんはボンヤリしてる訳じゃない。
手早く画材を取り出して準備にとりかかっている。

「ええと、水入れどこやったかな。あ、赤色そろそろなくなってきてるし。
ヤダなぁ、アクリルガッシュ高いのに。」

そうしてしばらくブツブツ言い続けていたさんだけど、急に静かになる。
どうやら準備が一通り終わったみたいだ。
ひとしきりブツブツ言ったら後はひたすら絵に没頭する。
それがさんの常だった。
俺はというと、そんなさんの側に座って作業の様子をじっと見つめてるだけ。
さんには『アンタ退屈じゃないの?』ってよく聞かれるけど
そんなことないんだ。
寧ろ、始めは白かった紙がどんどん線や色で埋まっていく過程が
見ていて不思議で、全然飽きない。
それにいつもひたむきに絵を描き続けるさんの姿がほほえましくて、
俺も頑張らなくちゃって思えるんだ。

特に今日みたいな日には。

さんはひたすら描き続けていた。
鉛筆の下書きしか描かれてなかった画面に少しずつさんの
筆から漏れる色が加わっていく。
まるで魔法かなんかみたいに、白い空間が夜空に変わっていったりするのは壮観だ。

俺はそうしてずっとさんの手元を見ていた。
だけどこの日は自分で思った以上に疲れていたのか、
さんが半分塗り終えるか否かの所で記憶が急に吹っ飛んだ。


「タカさん、タカさん。」
「ん、んんー。」

気がついた時にはさんに肩を揺さぶられていた。

「あれ、俺、」

呟きながら俺は目をこする。
気がついたら、椅子の上ですっかり背中を丸めている自分がいた。

「一体どうしちゃったんだろ。」
「馬鹿ね、寝てたのよ。」

さんは呆れ顔だ。

「そんなことより、出来たわよ。」
「ホント?!」

俺は今度こそ本当に起きた。っていうより飛び起きた。

「見せて見せて!」
「ったく、よくもまぁそうテンション高くなるわねぇ。」

さんは信じられないといった顔でスケッチブックを俺に手渡してくれる。
俺はというとさんの言ってることなんかあまり耳に入ってなかったりする。
目がさんの新しい作品に惹きつけられてしまってる。

スケッチブックの中には綺麗な鳥がいた。
何の鳥か俺にはわからない。体は綺麗な緑色、頭の赤い飾り羽が印象的だ。
夜空を背景に止まり木に止まってるんだけど、その空に浮かんでる大きな満月が
本当にまぶしく思えてしょうがない。
そして全体的にぼやけた塗り方なのに鳥がくっきり映えてて、
何て言うのかな、凄く幻想的だ。

俺は思わずホォと息をついた。

「やっぱさん、凄いよ。」
「そりゃどうも。」

そっけないけどさんもまんざらでもなさそうだ。

「これ、文化祭で展示するんでしょ。いいなぁ、俺も見に行けたらなぁ。」
「あら、こればいーじゃない、うちのガッコの文化祭。」

あまりにもあっさりというさんに俺は思わず椅子からずっこけそうになった。

「無茶言わないでよ、だってさんとこ女子高でしょ。男子禁制じゃん。」

呆れる俺だけどさんは余裕の表情で片手をヒラヒラと振る。

「大丈夫だって。うちのガッコ、今年から中等部が男子の受け入れ始めてね、
文化祭も男子の入場オッケーになったのよ。」
「そーなんだ。」

何だかよくわかんないけど、これってラッキーだよね。
そんなことを思う俺にさんはニッと笑いかけた。

「アンタの分の招待券、 用意しとくわ。」
「うん、ありがと。」


それからしばらくした日のことだ。
学校がいつもより早く終わって、部活もなかった俺は足早に下校しようとしていた。
何でかってのは言うまでも無いよね。

「ターカさんっ、今日一緒に帰んない?」

校門まで急ぎ足をしている俺に、チームメイトの英二が声をかけてくる。

「御免、英二。今日は行くトコあるんだ。」
「えっ、何何、どこいくの?」
「んーとね、」

俺は少し考えて言った。

「俺が好きな絵描きさんの絵を見に。」

そういう訳で、俺は貰った招待券を手にさんの学校の文化祭に足を踏み入れた。
慣れない場所だからさんがいる美術部の展示がどこでやってるのか
探すのにかなり手間取ったけど、何とか人ごみを掻き分けて目的のところにたどり着く。

『芸術教室』、ここだ。

中に入ろうとしたら、丁度教室の前で誰かが客寄せしてるのが目に入った。
俺よりずっと小さい、―どころか他の人たちと比べても大分小柄な―
姿には見覚えが嫌というほどある。

さん。」
「あら、タカさん。」

さんがこっちを振り返った。

「まさかホントに来るとはねー。」
「そりゃないよ、俺楽しみにしてたんだから。」

さんはわかってるわよ、とクスクス笑った。

「まーゆっくり見てやって頂戴。」

言われるまでもなくそのつもりだった。


芸術教室の中はさんを筆頭に美術部の人達が作ったものでいっぱいだった。
絵に限らず粘土細工や彫刻もあって、どれも一生懸命作ったのが伺える。
ホント、美術にからっきし縁の無い俺には神の領域に近い。

さんが描いた絵は部屋の真ん中当たりにいくつか置かれてる
イーゼルに乗っていて、勿論俺が見たあの鳥の絵もあった。
さんの家で見た時と同じようにそれはやっぱり輝いていて、
どこまでも俺の目をひきつける。
それにこうして展示されているとあの時見たのとはまた違う趣ってのが
あってなかなかいい感じがする。
作品の前には結構たくさんの生徒が集まっていた。
みんなさんの絵に関心があるみたいで、俺は自分のことみたいに嬉しかった。

俺はそうしてしばらく作品を見回ってたんだけど、
ふと他よりちょっと離れたとこにおいてるイーゼルが目に入る。
何だろう、と思って近づいてみたらそこには見たことのあるタッチの絵、
そしてイーゼルに貼られていた札には

"The Best Player"
 作・
 画材・アクリルガッシュ

とある。

「これって、」
「一番時間かけたやつよ。」

ハッと振り返ったらいつの間にかさんが俺の後ろに立っていた。

「今年はこれが自信作かな。」
「だってこれ、俺…」

しかもこの前の氷帝戦の時のだ。一体どうして、と口にする前にさんが口を開く。

「苦労したわ、ガキ共に紛れてスケッチするのに。」

言ってさんはいつものようにニィッと笑った。

「その割に内輪の評価は微妙だったけどね。」
「そんな、こんなに頑張ってるのに。」

だけどさんはいいのよ、と事も無げに言った。

「それでも描き続けるだけの話なんだから。」

それでも描き続ける。ああ、そうか。

「だからさ、アンタも頑張りなさいよ。」

さんがこっそり囁いた。

「アンタだってまだ完全に終わりってんじゃないんだから。」
「うん。」

何だか急に泣きそうな気分になったのをこらえながら俺は頷いた。


それからもさんは後輩のことで文句をいいつつも、
引退するまで美術部で描き続けた。
俺は俺で勿論、関東大会の残りの試合に全力を傾けていた。
そして更に時間は経っていく。

さん!」

家に戻る途中で、なじみの顔を見つけた俺は大急ぎでそっちに駆けつけた。

「タカさん、どうしたの、随分息せきっちゃって。」
「やったよ、今日の準決勝!ダブルス勝った!」
「ホント?凄いじゃない。」
「うん。」

俺は思わず力強く頷く。

「私のおかげね。」
「ホントに。」

さんはちょっと固まった。多分俺があっさり肯定すると思わなかったんだと思う。

「ちょっとちょっと、冗談に決まってるでしょ?」
「そんなことないよ。」

俺は首を横に振った。

さんのおかげで俺、今までやってこれたんだから。」
「おだてたって何も出やしないわよ。」

さんはフン、と鼻を鳴らした。

「ほらほら、ちゃっちゃと鍛錬でも何でもしてらっしゃい。
私は今からまた一仕事あんだから。」
「はーい。あ、出来たらまた見せてね。」
「さっさと行きなさいっての!」


いつもストレートに、でも時々間をおいて俺を励ましてくれるさん。
俺はやっぱり誰よりもこの人の絵が好きです。

他の人がこの人をどう評価するのかはわからないけど、それでも…。


おしまい。


作者の後書き(戯言とも言う)

久しぶりに昔電車の中で立ったままメモ帳に描きなぐった
落書き夢漫画を小説化しました。
今までに落書きから起こしたドリーム小説には
不二の"Little Happiness"、菊丸の『英二の一日お兄ちゃん』、
大石の"My Own Way&Your Own Way"がありますので
これで4本目になる…のかな。(あまりちゃんと数えてない)

元々一連の落書き漫画は私の趣味と同時にうちの猫商人の為に
描いてやったような節がありますが河村夢のこれは
特にそれが強かったような気がします。
実際、猫商人は高校の時美術部で難儀してましたから。

実はしょっちゅうこれを小説化しろ、と猫に言われてたんですが
言われまくってた当時はなかなか文章が出てこない故に挫折。
何で今頃になって文になってきたのかは永遠の謎です。

2005/10/30


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